求人を謎とく唯一の方法
そして日本語を発声練習とともにもう一度勉強して、平均的な日本人の日本語レベルに追いついてアナウンサーになったのです。
しかしこんな試行錯誤なく解決するための一つとしてキャリアカウンセラーという職業ができました。
二〇〇一年十二月十六日のタウンミーティングで厚労相が「二〇〇二年から五年間で五万人のキャリアカウンセラー養成を目指す」と発言し二〇〇l年十月へ厚生労働省に「キャリア・コンサルティング研究会」が設置されました。
また、この資格は将来はいずれは国家資格になるかもとまでいわれています。
会社選び、仕事選びは、個人の職業適性や能力を充分に踏まえたものです。
職業選択、職業能力開発などを効果的に行うためにも、適性能力の診断には力をいれるべきです。
そのため政府は、ハローワークなど就職斡旋に対しても力を入れるようになりました。
今までと違い、ただ長時間並んで失業手当をもらうだけでなく、新しいパソコンを多く導入し仕事を探しているたくさんの人に情報提供したり、キヤリアカウンセラーに相談しよう、満足した仕事に就けるように少しずつ民間のシステムも導入している傾向にあります。
しかし現状の若者のフリーターの増加と中高年の失業者の増加。
今の日本の最悪の雇用体制を作り上げた主な原因は、なりたい職業を意識しなかった学校教育にあると思います。
欧米では、小学校でのプログラムのlつとしてとりいれられているところがほとんどです。
日本でもモデル学校として始めた学校も若干ありますが、まだまだ意識されていません。
私のように仕事探しに苦労しないように次の世代の子供たちには学校教育、あるいは家庭の中から職業に対する意識を芽生えさせることができるようになって欲しいと願います。
例えば幼少期に「スポーツ選手になりたい」と母親に言ったら「大変だからやめなさい」と現実の世界にもどされたことはなかったでしょうか?「無理だからやめなさい」とまだわからぬ子供の能力を完全に否定されたことはなかったでしょうか?親子一緒にスポーツ選手とはどんなものなのか考えることはあったでしょうか?将来の日本をになう次の世代の子供たちに今の不幸な雇用問題に突入している現状を経験させたくないのなら、是非お子さんの夢には耳を傾けてください。
恵まれていたことに、放任主義で育てられた私は幼い頃へ両親に「チアガールになりたい」といえば「どうせならもっと人前に出る仕事を目指しなさい」、「お人形さんになりたい」と言えば「お人形さんよりももっと椅麓なモデルを目指しなさい。
目指すのは自由なんだから」と言われました。
目の前の現状よりも高い目標を提示してくれていたのです。
夢みたいな私のたわ言を否定することなく黙って耳を傾けてくれた大人が身近に存在したのです。
今からでも遅くはありません。
子供の頃の夢から思い出して現状の自己査定までできれば、次の絵が見えてくるはずです。
面倒くさがらずに少しずつ自分を発見していきましょう。
天職は、そう簡単に見つかるものではありません。
生きている限り、働いている限り、どんな人でも悩みながら少しずつ天職というものに近づいていくのです。
ノーベル賞をとった人だって、「本当にこの仕事が向いているのか?」と悩み自問し続けます。
どんなに偉い人だって「一生かかっても『天職』は見つけられなかった」と思ってる人もいます。
自分の能力や限界を感じるまで何かに挑戦し続けることで天職が近づいてきます。
それは適職かと感じることであった-、やりがいと感じるものであった-、大きな成果をあげられるものであったり、感じ方は人それぞれ違います。
あれこれとまわり道をしながら転職を繰-返さずに、最初から自分にピッタリの仕事が見つかればどんなに近道かと思うでしょう。
経験も時にはマイナスへ時にはプラスです。
それもすべて今のアナタの改革にかかっています。
ボーナスなしの年収で計算すること「それでへあなた年収い-ら希望するの?」二十一歳の私の、生まれて初めての外資系貿易会社の正社員採用の面接試験中に質問されたことです。
「えっ?え〜と、い-らって〜」いきなり質問されて簡単に答えられるものではあ-ません。
少しでも多いほうがいいけれど無茶な金額を言って失笑されても回ります。
ただでさえ緊張しているのに、想像を絶する質問に唖然として戸惑いながらへ「い、いくらでもいいです」と必死で答えたのを覚えています。
面接だから一生懸命さを伝えるべきで値段のことを出すべきではないと確信していました。
「あっそ。
じゃあ。
採用されたら年収は三〇〇万円ね。
で、年収のことは誰にもいったらダメよ」帰り道私は絶対に合格したと思いました。
このときの面接官の大きなにんまりとした笑顔が妙に気に入られたような気がしたのです。
数週間後へ通知がきました。
案の定へ私は合格しました。
晴れて新入社員として外資系貿易会社に入社することになったのです。
ところが喜んでいたのもつかの間、私のまわりの先輩たちの給料情報が耳に入ってきました。
三十歳で「一千万円」、四十歳で「二千万円」の年収で私の一年先輩であり同じ仕事内容の女性は四五〇万円だったのです。
「じゃあ。
私も半年の経験と実績があれば『四五〇万円』になるんだ」と単純に思っていると実際にはそんなことはありませんでした。
大事なのは、経験や実績ではない「他人任せにしない」、「自分で責任を負う」ことだったのです。
単刀直入に言うと、いわゆる最初の面接で自ら欲しい年収を提示するということが、私には欠けていたのです。
最初の「交渉力」がすべてなのです。
面接のときの交渉する力で給料ががっちり決まってしまうなんて不公平と思う人もいるでしょう。
だけど、実際に働き始めるようになってから新入社員が仕事ができると認めてもらうのはそう簡単ではなく「三〇〇万円の年収」から一気に「四五〇万円」に上がることはかなりハードルが高いのです。
けど、「四五〇万円の年収」から、たとえあまり仕事ができなくても「四〇〇万円の年収」までしか下がらないことが多いようです。
「三五〇万円」の仕事しかしてなくてもいきな-一〇〇万円も貸金を下げることはしない会社のほうが多いのです。
結局、その会社では私だけが年収三〇〇万円で前代未聞の安い年収だったようです。
「三〇〇万円という年収は平均程度だろう」くらいにしか考えてませんでした。
でも実際ボーナスもなく月額で割ると二〇万円ちょっとで生活するにはけっこう大変でした。
月収と年収、会社によって提示する方法が違い、ときにはうまくごまかされてしまいます。
就職雑誌に募集のでている企業では「初任給二十五万円から」とアピールしているのをよく目にします。
こういう会社は時には要注意です。
月収は二十五万だけどボーナスの保証はなし、もしかしたらゼロかもしれません。
二十五万円×十二カ月-三〇〇万円の年収です。
でも、年収三〇〇万円、または三〇〇万円以下とは雑誌にのってません。
もしも二十五万円にボーナスが年間六カ月あればいいものの、そうでなければ、ボーナスの分だけで一五〇万円もの差がでてきます。
新入社員だとなかなか面接の初対面で給料のことを口にする度胸のある人はいないかもしれません。
でも面接を受ける前に企業情報を調査することができます。
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